金相場会所

金相場会所は、江戸時代、寛文年間から1868年5月まで、の相場を建てるために大坂に設けられていた会所のことを指し、江戸時代、江戸は金遣、上方は銀遣といわれ、その当時、金銀の相場は難しい問題でした。幕府は1700年、金1両につき銀60匁、また銭についてはこれより古く、1609年に金1両に鐚4貫文と定めていましたが、後の寛永通寳はこの鐚銭同様の金1両に銭4貫文と定められました。しかし、需給関係によって公定相場通りにはいかなく、金相場、銀相場がたてられることになりました。金相場会所は、古くは金相場所と呼ばれ、高麗橋筋にありましたが、1743年から北浜1丁目に移りました。金相場をたてるには、本両替屋の相場役が会所に集まってから行きました。この金銭売買が公許されたのは、1725年9月のことです。同じ両替屋でも、南両替屋、銭両替屋などは、会所に行って参観することができましたが、自分が場に立って相場をたてるのは、本両替屋の相場役に限られた。立会はほとんど年中無休で、休日は、正月三が日と五節句くらいでした。


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